独学から30年の歩み

【最終回】独学から30年の歩み

こんにちは。
采慧(サキ)です。

昨日のメルマガ配信後
また嬉しいメッセージが
届きました。

——————————–
開業21年目おめでとうございます!
今発信されているメルマガと重ねると、
采慧先生の色々と山あり谷ありの歩みが
また一段とよく分かります。

私は占星学に出会って
まだ数年ですが、後の人生
先生の様に占星術とずっと関わる
長い道のりを歩んで行けたらな
と思いました。(原文ママ一部抜粋)
——————————–

お祝いメッセージを頂き
ありがとうございます。

占星術にずっと
関わり続けたいという
sakuraさんの想いが

私にとって
何よりも嬉しい
お祝いだと感じました。

さて、この1ヶ月
パラパラとお届けしてきた
采慧(サキ)の独学時代から
現在までの歩みも
今日が最終回です。

■占いとの出会い~独学まで
■師匠との出会いを経て開業
■見切り発車の占い師デビュー
■運よく手にした成功
■大バカだと思い知らされました
■有名占い師さんからのアドバイス
■2つの仕事のバランス
■私はいつまでダメダメなんだろう
■仕事が増えた原因

専業占い師に戻った2015年
直ぐに取り掛かったのは
講義の枠を増やすことでした。

約2年かけて

長らく受講をお待たせしていた
全ての人に、講座を受けて頂き
ずっと気に掛けていた仕事が
一段落しました。

その後は
グループレッスンを開講し

同時進行で制作を進めていた
動画レッスンも、同じ年に
リリースすることができ

2017年から
マンツーマンレッスンに加えて
グループレッスン【星考ラボ】
動画レッスン【占星学マスター】

をご提供する
現在のスタイルに
落ち着きました。

実は、この頃から
構想を練っている講座は
他にもあるのですが……

それは追々
ゆっくりと作って
いきたいと思っています。

そして、この3年間は
講師業のみに専念していた
わけではありません。

2つの企業様の
占い事業立ち上げに
携わらせて頂いたり

就労支援事業所で
占星術鑑定による
就活支援をさせて頂いたり

受講生の占い師さん数名から
コラボのお仕事を頂くなど

新しい仕事に
チャレンジする機会にも
恵まれました。

また、占星学や
ビジネススキルの
向上にも力を入れました。

占星学の師匠の下で
勉強する回数を
今までの倍に増やし

大学の公開授業や
ビジネス関連の講座を
複数受講するなど

相変わらず
忙しく過ごしていました。

ただ、退職後は

ムリせずゆっくり
環境を整えることを
肝に銘じていたお陰で

心身共に
今までにないほど
余裕ができました。

これを徹底できたのは
師匠のお陰です。

専業占い師に戻った年
ビジネスの師匠から

「今年、来年変わろうったって
そう簡単に変われるもんじゃない。」

と言われました。

「でも、5年後、10年後なら
今思っている何倍も変われます。
5年後の自分には期待して良いし
もっと期待するべきだと思うんです。
今思っている以上に、もっともっと
自分への期待値を上げて下さい!」

とも話して下さいました。

それから5年後
「5年後の自分に期待して良い」
という言葉は本当だと確信しました。

今は幸運なことに
公私ともに、私が望んでいた
全てのこと+αが叶った状態です。

特別な才能はなくても
どんなに浅慮で、不器用で、
失敗を繰り返してきた私でも

5年10年と時間をかければ
少しずつ成長し、それなりに
成果は得られるのですね。

94年から占星学を独学し
99年に師匠の下で勉強を始め
04年に退職し専業占い師になり
08年には再び兼業占い師に戻り
13年からメール講座配信で仕事が増え
17年には念願の新講座をスタートする

という占い人生を
振り返ってみると

つねに4~5年先は
想像もつかないことが
起きていたことが分かります。

2017年から5年経つ
2022年は、初心に戻り

今心に秘めている
新たな夢を叶えるべく

謙虚に、ひた向きに
チャレンジを続けたいと
思っています。

============
失敗の連続に負けないこと。
成果が出るまで続けること。
============

このスタイルで
地道に、マイペースを守り
長く歩み続けたいと
思っておりますので

これからも、どうか温かく
見守って頂ければ幸いです。

どんどん結果を出して
みるみる人生が変わる
そんな華やかな道のりでは
ありませんでしたが

これが、采慧(サキ)の
占いに出合ってから今日までの
リアルな30年の歩みです。

約1ヶ月に渡って
お付き合い下さり
ありがとうございました。

当初、リクエスト頂いた
「チャレンジの仕方を
公開して欲しい」という
ご要望には程遠い

失敗談多めのストーリーに
なってしまいましたが

皆さんが少しでも
楽しんで下さったり
何かを感じて頂けたなら
とても嬉しく思います。

次回からは

これまでに頂いた
ご感想やご質問を
紹介させて頂きます。

どうぞお楽しみに。

第1話から読む

仕事が増え続けた原因

こんにちは。
采慧(サキ)です。

少し間が空いて
しまいましたが

今日からまた
独学~現在までの
采慧(サキ)の歩みを
お届け致します。

■占いとの出会い~独学まで
■師匠との出会いを経て開業
■見切り発車の占い師デビュー
■運よく手にした成功
■大バカだと思い知らされました
■有名占い師さんからのアドバイス
■2つの仕事のバランス
■私はいつまでダメダメなんだろう

2015年
開業15周年を迎える年に
再び専業占い師に戻りました。

今回は自分の意思ではなく
体力の限界を感じ、やむなく
転身することとなりましたが

仕事に追われていた
ダブルワークも
失敗ばかりでは
ありませんでした。

忙殺されそうな毎日を
送っていたからこそ
【自分らしい働き方】を
真剣に模索し続け

やっと自分の
本当の望みが分かりました。

これからは、ムリはしたくない。
いつまでも占星学に熱中したい。
もっともっと占星学の腕を上げたい。
何らかの形で占星学を語り続けたい。

そして、もし、

占星学を一生勉強したい
占星学で人生を変えたい
という人に出会ったら
その人達に丁寧に向き合いたい

この望みを叶える環境を
整えようと考え始めたのが
2013年頃のことでした。

そして、手始めに
何かヒントを見つけるため
様々なジャンルのメルマガを
読むことにしました。

この行動が
後に占いの仕事を
激増させてしまうのです。

登録後、毎日届く
メルマガの内容の濃さに驚き
読み続けていくうちに感動し

しだいに、
占星学についてこんな風に
語れたらいいなぁ……
という憧れが強まり

私も書きたい!という勢いで
「無料メール講座」を書き上げ
配信を始めました。

すると、始めは
月10名ほど登録があり

翌年には、毎月20名前後
3年目以降は毎月30~40名と
登録数が少しずつ増え

「無料メール講座」を
読まれた方々が、鑑定や講座に
申し込まれることも多くなりました。

この新たな試みのお陰で
2013~2015年にかけて
仕事量が年々増えた結果

体力的にも厳しくなってきた
ダブルワークを止め
占星学講師業に
専念することを決めました。

この3年間は
メルマガ執筆に
初挑戦すると同時に

影響を受けた
メルマガの執筆者の
ライティング講座も
受講しました。

ここで、私の試みは
終わるはずだったのですが……

その講義内容が
期待以上に素晴らしく
すっかり先生の講座に
ハマってしまった私は

さらに、
先生のご専門である
マーケティングの講座も
受講するようになりました。

この時学んだ先生が
今の私のビジネスの
師匠なのですが

専業占い師に
戻った後の2年間は
ことあるごとに相談し
大変お世話になりました。

采慧(サキ)さんは
良い指導者に恵まれて
良いなぁと思いましたか?

実はこれは
偶然ではないと
思っています。

私が、自分の切なる
望みを叶えるために
複数のメルマガに登録する
という行動を起こしたのは

一生に3度しかないと言われる
人生最高の好機のひとつ
だったからです。

セーブできないほど
仕事が増え続けたのは

少なからず
好機に行動したことが
影響しているのでは
ないかと思っています。

皆さんもぜひ
お試し下さいね。

続きを読む

私はいつまでダメダメなんだろう

こんにちは。
采慧(サキ)です。

今日は、まず始めに
ご感想のご紹介です。

——————————–

サキ先生の歩み、
大変面白く読ませて頂いております。

感想を書く以上、
きっちり読み込んで、
文章化できる様にしてからの方が
いいのかなと思ってましたが、
いつまでもお送りできないので、

まず「大変面白い!」
感想だけ投稿します。

サキ先生は
キャラで売れる占い師かな
という感想を持っております。

テレビや雑誌に出ている
占い師の方々より余程、です。

多くの人は
サキ占い師を知らない、
からじわじわと
今のサキ先生に近づいていく、
を楽しみにしております。

うまく書けませんでした(´∀`)。
(原文ママ)

——————————–

kさん
「まず『大変面白い!』」
というご報告を頂き
ありがとうございます。

私がキャラで売れると
思っていらっしゃる方が
いることに、正直
大変驚きましたが

そう思って下さることは
とっても嬉しいです。

でも、私って
どんなキャラなんでしょう……

皆さんが思う
采慧(サキ)のイメージを
こっそり教えて頂きたいです^^

■占いとの出会い~独学まで
■師匠との出会いを経て開業
■見切り発車の占い師デビュー
■運よく手にした成功
■大バカだと思い知らされました
■有名占い師さんからのアドバイス
■2つの仕事のバランス

ダブルワークに転じて
5年目となる2013年

過労が続いた影響か
仕事の帰り道で突然倒れ
そのまま病院に運ばれました。

それから数日間
40度を超える高熱が続き
9日後に無事退院できました。

緊急搬送は
これが3回目。

これからは
計画的に仕事を調整しよう
きちんと健康管理もしよう

本当に、本当に、
ちゃんと自己管理しよう!
そう心に決めました。

会社も心配してくれて
繁忙期以外は週3日勤務で
大丈夫と言って頂きました。

それなのに私は――

喉元を過ぎれば、また
増えていく仕事を
マネージメントできず

2014年には
鑑定に加えて

毎週8コマの講義をしながら
3つのカルチャースクールの
講師を任されるという
年中無休状態となり

この年の終わりには
マンツーマン講座の予約は
3年先まで入っていました。

また仕事に追われている……

そんな状況に
頭を抱えていた時

会社の新たな試みで
3ヶ月休暇が取得できる
新制度ができました。

渡りに船です!

「この3ヶ月で
仕事が調整できる。」

そう思った私は
直ぐに休暇を申請し
社内で一番初めに
3ヶ月休暇を取得しました。

休暇に入る前日
直属の上司から

「3か月後、
絶対戻って来てよ!」
と言われたことは
本当に嬉しかったです。

絶対に戻りたい

その一心で
3ヶ月懸命に働き
職場復帰しました。

ところが

「さぁ、頑張ろう!」
という気持ちとは裏腹に
既に体はボロボロ。

復帰して2ヶ月後には
脳神経外科で検査を受け
そのまた3ヶ月後には
急性腸炎で4度目の緊急搬送。

会社の人事も
今後の働き方について
親身に相談にのって
下さったのですが

結局、退職を
決意するに至りました。

何で、こんなに
自己管理できないんだろう……

どうして仕事を
断れないんだろう……

私はいつまで
ダメダメなんだろう……

そんな後悔と
大好きな職場を去る
寂しさでいっぱいの
退職でした。

◇◇◇

書き起こしてみると
大変さが目立ってしまいますが
7年間のダブルワークは

体力的には大変でしたが
精神的にはとても幸せな経験で
人生最高の思い出のひとつです。

そして、願わくば
このメルマガを読んでいる
元同僚の皆さんにとっても

一緒に過ごした時間が
良い思い出でありますように。

この続きは
来週お届けします。
どうぞお楽しみに。

続きを読む

2つの仕事のバランス

こんにちは。
采慧(サキ)です。

今回で7回目になる
私のこれまでの歩みですが

頂いているご質問には
一通りお話ししてから
シェアしてお答えしますので
どうぞ楽しみにお待ち下さい。

■占いとの出会い~独学まで
■師匠との出会いを経て開業
■見切り発車の占い師デビュー
■運よく手にした成功
■大バカだと思い知らされました
■有名占い師さんからのアドバイス

2000年に開業して8年。

再び兼業に戻ることは
想定していませんでした。

占い師8年目の私は
他の占い師さんと比べて
決して仕事が少ないわけでは
ありませんでしたから

ずっと占いに専念していても
問題はなかったと思います。

でも、もし
そうしていたら――

その後、占いの仕事が
順調だったとしても
大変な機会損失
だったと思います。

お勤め経験が少なかった
私にとって、この社会復帰は
かけがえのない経験になりました。

大勢のスタッフと
チームとして共に働き

長い年月を経て
移り変わる職場環境や
人間関係を経験することは

どんなに沢山の鑑定や
タイアップのお仕事を頂いても
経験できないことだったと思います。

この経験は、今も
鑑定や占星学講義に
活かされていることは
言うまでもありませんが

人間社会の
様々な問題を研究する

占星学という学問を
深く理解し修めるためにも
必要不可欠な人生経験で
あったと感じています。

さて、入社当時に
話を戻します。

週4日勤務が決まり
占いの仕事は大幅に
減らしました。

原宿での鑑定を辞め
電話鑑定は週3~4名に留め
講座も週2コマにしました。

一見少ないように見えますが
私にとっては、このぐらいが
丁度良いバランスでした。

鑑定は準備時間も含めると
1件につき3時間以上かかり、
講座は90分講義+準備時間で
1コマにつき半日を要します。

ダブルワークを続けるため
暫くは、仕事のオファーを
全てお断りしようと決めました。

ところが……

簡単なことと思っていた
仕事のセーブが、なかなか
思うように行きません。

兼業に慣れ始めてきた頃

少しだけ単発の仕事を
受けたことで、次第に
2つの仕事のバランスが
崩れ始めたのです。

ちょっとなら
大丈夫だろうという過信が
自分の首を絞めていきます。

また、同じ時期に
鑑定や講座にスカイプを
取り入れたことで

全国から予約が入るように
なったことも相まって
予想を超える忙しさに
なってしまいました。

個人事業者の
悲しい性で……

仕事を頂く苦労を
散々経験しているがゆえに
依頼を断り続ける
勇気がなかったのです。

ただ、この甘さが
自分に跳ね返ってくることを
まだ分かっていなかったのです。

この時すでに
体力は限界に
近付いていました。

実はこの頃

私の健康運は、人生最悪の時で
いつ倒れてもおかしくないと
頭では重々承知していました。

とは言え「健康診断も
問題ないからまだ大丈夫」
と自分に言い聞かせ

星が示す重大なサインを
実生活に活用することなく
毎日、体にムチ打って
仕事をこなしていたのです。

医者の不養生とは
正にこのことで

人様にアドバイスする資格もない
占い師だったと思います。

占いの予想は
見事に的中して

2013年、仕事帰りに
道端で突然倒れ
緊急搬送されました。

◇◇◇

仕事を安定させるって
本当に大変ですね
(私は下手過ぎますが汗)。

次回も、私の転機は続きます。

続きを読む

有名占い師さんからのアドバイス

こんにちは。
采慧(サキ)です。

10月末から
私のこれまでの歩みを
配信しておりますが

様々なご感想が届き
本当にありがたいなと
思っております。

■占いとの出会い~独学まで
■師匠との出会いを経て開業
■見切り発車の占い師デビュー
■運よく手にした成功
■大バカだと思い知らされました

開業から5年半
運良く仕事を頂けたことで
何とかやってきた私ですが

新たな環境で
営業に失敗したことで
心機一転。

ウェブ集客に
力を入れると決めて
再始動した後は

ホームページからの
鑑定・講座申込みに加え

登録して2年が経っていた
SNSからも、日増しに依頼が
入るようになってきました。

2006年当時
世界的に親しまれていたSNS
MySpaceは会員が1億人に達し

2007年には
mixiユーザーが
1000万人を突破するなど
急成長をしていた影響で

私も時流に乗って
SNSで人脈が広がり

体験ギフトや
ノベルティギフトを扱う
企業様とのコラボや

占いイベントのオファー、
執筆依頼、占い講師依頼、
フリースクールでの鑑定、

占い会社や
芸能事務所からの
スカウトなど

様々なお仕事が
SNS経由で入るようになり

2年後には

毎月の占いを執筆しながら
占い激戦区の原宿竹下通りで
対面鑑定し

週3~4コマの
マンツーマンレッスンが
絶えず入っていました。

この頃、
講師業は5年目に入り

占い師を続けるなら
占星学講師をメインにしたい
という想いがありました。

そのためには
まだまだ師匠の下で
占星学の勉強を続け

鑑定経験もどんどん積んで
様々な占いのお仕事に挑戦して
占い師としての幅を広げようと

とにかく

目の前の仕事と勉強に
精一杯取り組んでいました。

そんなある日

師匠の下で
一緒に勉強していた
有名占い師Kさんから
頂いたアドバイスで

また、大きな転機を
迎えることになりました。

師匠の講義を受けた後

いつものように
教室の近くのカフェで
お茶をご一緒していた
時のことです。

「あなた別に、そんなに
売れてるわけじゃないんだから
ちゃんとお勤めすれば?

私は、毎日鑑定してるけど
夕方までは普通に働いて
19時から鑑定してるんだよ。」

と言われ
本当に驚きました。

Kさんは、多くの雑誌や
インターネットコンテンツ、
テレビなどで活躍されている
超有名占い師さん。

毎日、銀座の某所には
Kさんの鑑定を待つ
長蛇の列ができることで
有名でしたが

そのKさんが
普通にお勤めしながら
鑑定されているなんて!

「ちゃんと働きなさい」
「まともな仕事をしなさい」
「若いうちは会社勤めしなさい」

というアドバイスは
この時初めて頂いた
アドバイスではありません。

若くして
専業占い師になった私は
何度となく言われ続けて
きた言葉ですが

この時ほど
考えさせられたことは
ありませんでした。

そして、多くの大先輩方が
口を揃えて同じアドバイスを
して下さったことを振り返り

またお勤めしてみようかな……
と思い始めたのです。

それから半年後

ダブルワークができる
会社の求人を見つけ

4年半ぶりに
お勤めと占い師の
兼業生活に戻りました。

次回は、ダブルワーク再開後の
エピソードをお届けします。

続きを読む

大バカだと思い知らされました

こんにちは。
采慧(サキ)です。

今日は、まず始めに
前回お届けした
「運よく手にした成功」
へのご感想を紹介いたします。

———————————

とても興味深く
読ませていただいてます。

おばあさんになってから、
と思っていたのに、
アドバイスを受けて
すぐに開業されたことが、
まずすごいなと思います。

さらに、ご主人の
転勤の可能性があるのに、
仕事をやめて専業占い師になったり、
インターネットを活用しはじめたり。

なんでもやってみる行動力が
今に結びついているように思いました。
続きを楽しみにしています。
(原文ママ)

———————————

Mさん、
メルマガを興味深く
お読み頂き嬉しいです。

私は若い頃から
見かけによらず
行動力があると
言われてきましたが

占星学を勉強して増々
行動することの大切さ

タイミングを
逃すことによる
損失の大きさを知り

行動力に拍車がかかった
ように思います。

また、後に出会う
マーケテイングの先生にも

「Ready Fire Aim
構えて、撃って、狙え」と
繰り返しご指導頂いたことで

行動して失敗することへの
ためらいが完全になくなった
ような気がします。

Ready Fire Aimは
行動しながら修正しなさい
というメッセージですが

先生の教え通り

準備ができたら動くのではなく
行動して軌道修正をすることが

的外れな考えや行動を
いち早く、修正する
秘訣ではないかと思います。

ただ――

最初は、的外れな行動で
失敗することも多く
猛省することも
多々ありました。

一番深く
印象に残っているのは

2006年
福岡から関東に
戻ってきた直後のことです。

拠点が変わっても
ホームページからの
鑑定依頼や講座申込みは
今まで通り頂いていましたが

占いの世界では
まだまだ対面鑑定が主流で
インターネットで申込み
電話鑑定をするスタイルは

2005年頃から
やっと注目されはじめた
ばかりでしたから

対面鑑定ほど
たくさんの依頼が
入るわけではありません。

九州で懇意にしていたお客様も
遠距離通話料がネックとなり
ご相談も減っていきました。

そこで再び
不得意ながらも
飛び込み営業を再開しました。

駅前のカフェなどで
占いスペースを提供して
もらえたら……と

安易な考えで
お店を回っていたある日

相も変わらず
考え無しに行動する私に

目の覚めるような
お説教をして下さった
店長さんがいました。

「あなた、何~にも考えないで
飛び込み営業してるでしょ?
だからココでは仕事させない。」

と言われてしまったのです。

そして店長さんは
店の奥から持ってきた
ファイルを開き

平日と休日の
来店人数、客単価、
回転率、在店時間、
1日の売り上げなど

お店のデータを
一通り見せて

「こういうこと
事前に調べに来てくれた?
あなたは、何時間で、いくら稼いで
何パーセントお店に支払うつもりなの?
ウチにメリットがある提案なの?
ただ店の隅にボーっと座ってるつもり?」

とおっしゃるのです。

もちろん私は
何のデータも提案も
持ち合わせていませんから

「何も考えていませんでした。
お時間を取らせてしまって
申し訳ありませんでした。」
と素直に謝りました。

開業して6年目にもなって
マーケティングの「マ」の字も
知らなかったのです。

今まで、当たって砕けて
何も学んでいない私は
本当にバカでした……

大バカだと
思い知らされました
(情けなくて泣けてきます)。

そして

見ず知らずの私に
こんなに有り難いアドバイスを
頂いたことにお礼を申し上げて
店を後にしました。

トボトボと家路に向かいながら
安易な飛び込み営業は
キッパリ止めると心に決め

新しい土地で
一からやり直すことにしました。

◇◇◇

次回は、その後の仕事に
大きな影響を与えた
占い師さんとの出会いを
お話ししたいと思います。

続きを読む

運よく手にした成功

こんにちは。
采慧(サキ)です。

シリーズでお届けしている
私のこれまでの歩みですが

皆さんから届く
「続きを楽しみにしています」
というお声が、執筆の
原動力になっています。

ありがとうございます。
ひと言コメントも
本当に嬉しいです。

■占いとの出会い~独学まで
■師匠との出会いを経て開業
■見切り発車の占い師デビュー

さて

前回はデビューから
5年目ぐらいまでの
お話しをしましたが

もしかしたら
占い師の皆さんの中には

「年間500件以上も
鑑定できてイイな」と
思った方もいらっしゃる
かもしれません。

私もこの展開は
運が良かったと
自覚しています。

都心部の一等地で
鑑定をしても

一握りの
人気占い師さんを除いて
殆どの人は、お小遣い程度しか
収入を得られないのが普通です。

新人占い師の私に
お客様が付いたのは
“運”のお陰としか
言いようがありません。

実は、私が占い館の
面接を受けた時期は

一生に数回しかない
ビッグチャンスが
巡ってきた時でした。

せっかく良い時期に
開業したのだから

デビュー後3年目に
訪れるチャンスも
絶対に掴みたいと思い

飛び込み営業をしたり
占い館の面接を受けるなど
積極的な行動を心掛けていました。

その結果、占い館で
鑑定できることになり
占いへ軸足を移すまでに
状況が変わってきたのです。

開業4年目にして
運よく成功を手にしました。

占いを本業にしてからは
年々利用者が増え続けていた
インターネットを活用するため

ホームページ作成を独学し
bloomingのサイトを立ち上げ

SNS登録、ブログ開設など
ネット上での情報発信にも
初挑戦しました。

すると、サイトからの
鑑定申込みが少しずつ増え

占いコンテンツの
執筆や監修など
企業様からのお仕事も
入るようになりました。

同じころ、占い館では
一緒に働く占い師さん達から
「占星学を教えて欲しい」
というご要望があり

3名の占い師さんに
占星学を教えることも
スタートしました。

順調に仕事が増えているように
見えるかもしれませんが……

占いの鑑定料
占星学講座の受講料
単発の仕事依頼は
どれも流動的で

まだまだ安定収入
とまではいきません。

そう思っていた頃

占い館に何度か足を
運んで下さっていた
ある企業の社長様から

定期的に開催している
宝飾販売会に同行して
来客に鑑定をして欲しい
というご依頼を頂きました。

初めて長期契約の
お仕事を頂いたことで
やっと、一息つくことが
できたことを思い出します。

このイベント鑑定の契約は
その後、福岡を離れるまで続き

福岡、大分、佐賀、熊本など
九州各地20か所以上の
様々な会場での鑑定経験は
大切な財産となりました。

ただ社長様はずっと
私の不用心さを
心配なさっていたようで

最後のイベントが終わり
帰りの車の中で

「この仕事、よく続けましたね。
もし、このまま帰らず、どこかに
連れて行かれたらどうするんですか。
危ないじゃないですか。」

と言われ
ハッとしました。

こんなに警戒心なく
来るもの拒まずでは、
いつ痛い目に遭っても
おかしくないのだと。

今思い出しても
青ざめてしまうほど
怖くて背筋が凍りました。

それからは、大反省し
ご依頼は慎重にお受けする
ようになりました。

我ながら
本当に危なっかしい自分に
冷や冷やしてしまいます。

それから1週間後

関東に戻った私は
また新しい仕事の獲得に
奮闘する毎日を送ります。

次回は、新たな土地で
再スタートを切った後の
お話しをお届けします。
ご感想など頂ければ嬉しいです。

続きを読む

見切り発車の占い師デビュー

こんにちは。
采慧(サキ)です。

10月末から
細切れにお届けしている
私のこれまでの歩み

■占いとの出会い~独学まで
■師匠との出会いを経て開業

を楽しんで下さった皆さん
ご感想など頂き
ありがとうございます。

いずれ紹介したいと思いますので
そちらも楽しみにしていて下さい。

さて今日は
開業後のお話しです。

◇◇◇

2000年11月
星の良い日に開業しましたが
実態は、形だけの開業でした。

構想も、準備も、何もなく
「運の良い時に始める」
ことが目的のスタートでした。

占星学教室で「今が最適」
とアドバイスを頂き

急ぎ、屋号と占名を考え
鑑定受付の電話を用意し

親戚や友達に
開業の案内ハガキを送って
見切り発車の占い師デビュー
となりました。

実占経験がない私は
まずは鑑定経験を積み
占いの腕を上げることを
目標にしました。

家族には
「お婆ちゃんになったら
路上で占いしてたりして笑」

などと、冗談半分で
言われていましたが

まさか20代で
副業で占うことになるとは
夢にも思っていませんでした。

当時勤めていた会社は
兼業が許されていたので
同僚にも少し宣伝しましたが

私が行った営業は
これだけでしたから
当然、仕事が入るとは
思っていませんでした。

気長に仕事が入るのを待って
時々鑑定できれば十分
と思っていましたので

最初の1年は
知り合いの紹介で
月に1~2名の依頼が
入るだけでした。

仕事のない月は年間4ヶ月。
ほとんど開店休業状態です。

そして2年目は
夫の転勤で福岡へ引越し
知り合いからの紹介も
ぱったり途絶えました。

半年間、占いの仕事はゼロ。

当時、関東から福岡への
通話料は60円/45秒
(平日夜間)でしたから

30分相談すれば
通話料だけで2400円。
関東からの電話鑑定依頼は
なくなって当然です。

そこで

女性客が多いお店に
チラシを置かせて頂こうと
休日に営業を始めたのですが

どこのお店も
とにかく冷たい。

門前払いは当たり前。
「見ず知らずのアンタに
何で協力する必要があるの?」
と怒鳴る店主もいました。

当時の手帳に
「仕事がなければ自分で作る」
とメモしてありましたが
(先日見つけました)

そんな気持ちで
来る日も、来る日も、
飛び込み営業をして
いたのだと思います。

その後、やっと1件
チラシを置かせてもらえましたが
そこでモチベーションが完全に切れ
飛びこみ営業はお終い。

1件チラシを置いただけでは
鑑定依頼が来るはずもなく
3年目は完全に仕事ゼロかな……

と思っていた矢先

占い師募集の
折込チラシを見て
受けた面接に合格し

平日は会社勤め
週末1日は占い館出演
という新たな兼業生活が
スタートしました。

博多駅前の交通センターや
商業施設のレストラン街、
ショッピングセンターの一角など
色々な店舗に出演させて頂き

1日10時間
小さな占いスペースで
お客様を待ち続けました。

最初のうちは1日0~1人
3ヶ月が経って1日1~3人
半年が過ぎると1日4~5人
と少しずつお客様が増え

開業4年目に入るころ
やっと、月10万の収入が
安定し始めてきました。

まだまだ、行列を作る
人気占い師さんの足元にも
及ばない鑑定人数でしたが

この頃から
軌道に乗ってきたという
感覚が芽生え始めました。

すると
占い館の本部からも

「もう少し出演日
増やしてみない?」
というお話しを頂き

出演日数を増やすため
ついに、仕事を辞め
専業占い師になりました。

そして5年目には
年間500件以上の
鑑定ができるように
なったのですが……

また夫の転勤で
関東に戻ることになり
一からやり直しとなるのです。

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師匠との出会いを経て開業

こんにちは。
采慧(サキ)です。

先週お届けした
「占いとの出会い~独学まで」

を読み、「サキ先生にも
そんな時代があったなんて!」
という驚きの声や

「先生のチャレンジの仕方、
とても楽しみです。」

「自分のことを振り返る
良い機会になりました。」

「占いとの出会いの記事を、
ドキドキしながら拝見いたしました。
子供のころ出会った占いを、独学で
何年もかけて学ばれた忍耐力は
すごいと感心致しました。」

など沢山のお声を頂き
ありがとうございます。

私は、思い付きで行動して
無計画に勉強を始めたので

占星学で、ある程度
人を占えるレベルになるまで
かなり遠回りしてきました。

◇◇◇

さて、前回は
占いの道に入って10年で
独学を諦めたところまで
お話ししましたが

その後は

「質問できる先生」を
探すことに舵を切りました。

1998年の日本の
インターネット普及率は
13.4%でしたから

占いサイトは少なく
私もまだ、日常的に
ネットで検索する
習慣はなかったため

まず目を通したのは
雑誌に掲載されている
占い教室の広告でした。

90年代は
ノストラダムスの大予言や
霊能力者、超能力者などが
ちょっとした注目を浴びた時代で

こうしたオカルト関連の書籍や
数少ない占い情報誌の中に
広告が掲載されていました。

その影響か、広告には
学べる占術の紹介と併せて

ターバンやベールを被った
個性的な占い講師たちが
薄暗い個室で占いを教えている
写真が掲載されていたり

不気味な黒猫や魔女、
黒いドレスや民族衣装に
身を包んだ占い師が描かれている
講座案内も少なくありませんでした。

どれも、かなり
近寄りがたいムード満載で

正直、あまり習いに
行きたくないな……
と思っていたところ

ポップで明るい雰囲気の
占星学通信講座の案内を見つけ
一目で気に入ってしまい
即、申し込みました。

もちろん
お目当ての添削も
付いていました。

添削して下さるのは
G・ダビデ研究所で占星術など
様々な占いを研究している
ムッシュムラセ先生。

相変わらず
単純な私は

教材のサブタイトル
「あなたも自分で占える!」
というキャッチコピーを見て

プロに直接質問できるし
鑑定も添削してもらえるし

これで一気に
伸び悩みが解消できる!と
嬉々として受講しました。

ところが

待ちに待った添削用紙に
書かれていたのは……

質問への回答でも
鑑定の添削でもなく

「あなたは通信講座でなく
直接、先生に習った方が良い」
というアドバイスでした。

更に具体的に
石川源晃先生に習うと良い
とも書かれていました。

現在の私の師匠です。

送った質問内容を見て
石川源晃先生の著書で
勉強していることを察し

直接本人から学ぶことを
勧めて下さったのです。

予想外の回答でしたが
最高のアドバイスでした。

「確かにその通り」
と思った私は

通信講座を終えて直ぐ
勧められた教室に
通い始めました。

湘南の外れから都内まで
月2回、片道2時間かけて通い

「今度こそ!」
という意気込みで

質問を山ほど持参し
講義の後、毎回1時間以上
先生に質問して帰ることを
1年間続けました。

するとある日、唐突に

「あなたは占い師になるの?」
と聞かれ、私は即答で
「お婆ちゃんになったら」
と答えました。

それに対して先生は

「今が開業に良い時期なのは
自分で占って分かりますよね?
それを逃すんですか?」
とおっしゃるのです。

その頃の私は
仕事をしていましたから
占い師になることなど
考えてもいませんでした。

そうお伝えすると

「週に1回とか、知り合いに
頼まれた時だけ有料鑑定を
すれば良いじゃないですか。

占星学を勉強しているのに
このタイミングを逃すなんて
勿体ないじゃないですか。」

と言われ、再び
「確かにその通り」
と思った私は

まずは、運を使うために
開業することにしました。

実力面では
かなりの不安がありましたが

背中を押して頂いたお陰で
曲がりなりにも占い師として
一歩踏み出すこととなりました。

次回は、開業直後の
新人時代のお話しです。

どうぞお楽しみに。

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占いとの出会い~独学まで

こんにちは。
采慧(サキ)です。

前回お話しした
「チャレンジの成功率」
へのご感想やリクエストが
少しずつ届きはじめて

嬉しく読ませて
頂いております。

さて

前回のメルマガを書いた後
私はかつて、生徒さん達に

「100%成功する方法」を
お話ししていたことを
思い出しました。

その方法は――

============
成功するまで止めないこと
============

何度チャレンジしても
手を変え品を変え粘っても
惨敗してしまうこともありますが

そこまで頑張り抜いて
経験値を上げたことを武器に

また次の一歩を踏み出せば
着実に成功に近付くと思います。

気が遠くなる話だな……
と思うかもしれませんが
失敗のない成功はありません。

私の占星学の勉強も

小さな失敗(挫折)と
小さな成功を繰り返して
一段ずつ上がってきました。

◇◇◇

今手元にある
一番古い占星学の本は
中川穣助著「しあわせ星うらない」
という子供向けの本です。

1975~1980年代に
販売されていた
本のようですが

その頃
占い好きだった記憶はなく
再び、占いに出会ったのは
1988年のことでした。

近所のスーパーの
買い物ポイントがたまり

その景品としてもらった
タロットカードに
興味を持ちました。

カードゲームだと思い
説明書を読んでみると……
占い道具だったのです。

カードを引いて
並べるだけで

人の気持ちが分かる、
悩みにも答えてくれる、
未来まで分かってしまう。

本当かな~?
という感じでした。

それから暫くは
時々カードを並べて
“遊ぶ”程度でしたが

そんな適当な占い方でも
当たっていることもあり

「タロットの本でも
読んでみようかなぁ」と

何の気なしに
占いの道に入ったのです。

いつ頃のことだったか
思い出せないのですが

これが人生初の
独学チャレンジ
でもありました。

最初に買った一冊は
「運命の書―古版マルセイユ・タロット」
という本でしたが

当然、それだけでは
占えるようにならず

それから5~6年の間に
タロットの入門書は
十数冊に増えました。

一方、タロットの腕前は
さして変わらず初心者のまま。

モチベーションも
停滞してきた頃

ふと

「プロの占い師は
どのぐらい当たるのだろう?」
という素朴な疑問が沸き

94年のある日
占い人生の転機となる
鑑定予約を入れました。

渋谷のエドさんという
占い師さんを訪れたのですが

エドさんの鑑定は
衝撃的なほど当たっていて
大きなショックを受けたことを
今でも鮮明に覚えています。

その時、タロットと占星術を
使って占ってくれたのですが

「タロットと占星術は
関連が深く、両方学ぶと
理解が深まるとか何とか
どこかに書いてあったかも……」

と思い出した瞬間

占星術を勉強すればいいんだ!
とひらめき、衝動的に
占星学の本を買いました。

これが2度目の
独学チャレンジです。

この時は、本当に
タロットをマスターしたい!
という一心で(なぜか?)
占星学の本を無我夢中で
読み漁ったのですが

数年後また
行き詰ってしまいます。

4~5年勉強すると
どの本を読んでも
答えが見つからない疑問が
日増しに増えてきたのです。

手元にある
十数冊の本を
繰り返し読んでは

誰かに聞きたい
教えて欲しい
説明して欲しい
質問しまくりたい!

と、お手上げ状態になり

タロットに出会ってから10年
ついに独学を諦めました。

もし良かったら
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引き続きお楽しみ下さい。

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