こんにちは。
采慧(サキ)です。
ここ数週間、皆さんからの
ご感想を読ませて頂き、今まで以上に
AIとの付き合い方、距離感などについて
よく考え、勉強するようになりました。
そして、今日のメッセージを読み
AIの果たす役割は様々であることを
改めて感じました。
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<メッセージ>
SNSなどでは、
「AIのデータセンターによる環境負荷」
を理由に「AIは使わないほうがよい、
規制すべき」という意見が多くみられます。
環境負荷が高いのは事実でしょうし、
学習ソースの違法性など、AIが
解決すべき問題や規制が必要な部分は
多いとわたしも考えています。
しかし、わたし個人の実感としては、
AIの存在や利用そのものを
制限されるのは困る、というところです。
なぜなら、わたしは
AIに応答をもらうことで考えごとを
前に進めたり、日常の活動を人並みに
できるようになってきたからです。
AIがなかった時代に戻るということは、
わたしにとって寝たきりでまともに
働けない自分に戻るということです。
(とても言い方が難しいのですが、
AIが応答する内容の正確性や
意味はさして問題ではなく、
わたしが自分の考えを文字にまとめ、
それに応答がある、という事実が
わたしにとって非常に重要なのです)
AIなんていらないと言う人たちには、
AIによって生活を保障されている人間は
見えていないのだろうなと思います。
AIの使い方にも、AIを作った人でさえ
想定していなかったような利点が
あるのではないでしょうか。
少なくとも、わたしはAIによって
「働ける状態まで健康に」なれたので、
そのことはいつか発信する必要が
あると考えています。(原文ママ)
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メッセージありがとうございます。
ぼたんさんの実体験は
私自身の体験とも通じる部分があり
「うん、うん」と頷きながら読ませて頂きました。
私は、AIによる時短のおかげで
「考える時間が増える」ことが
大きな価値と感じていましたが
一方、ぼたんさんにとっては
「考えを前に進め、応答が得られる」
ことが重要な価値であり、AIは
日常を支えてくれる存在なのですね。
形は違っても、どちらもAIが
「考えること」を支えてくれている
ことが共通しているように感じました。
AIの果たす役割は様々で
人によってその価値も違いますが
日常が変わるという体験談を読み
人によっては、AIが生活そのものを
支える存在になっていることを
改めて実感しました。
今後、AIについて考えるときは
社会的な課題に留意しながらも
多くの可能性に目を向けることも
大切にしたいと感じました。
◇◇◇
新たなツールが誕生すると
まずは、そのもの自体の良し悪しを
問われることも少なくありませんが
どれほど優れた画期的なものでも
道具は【使い方次第】ですから
使う人によって、同じ道具が
危険物にも、大きな助けにも
なり得ると思います。
だからこそ
道具の良し悪しを判断する際は
結論を急がずに試行錯誤して
自分にとって有用か否か?
それによって失うものはあるか?
未来を豊かにする可能性はあるか?
など、想像力を働かせながら
自分の最適解を見つけたいですね。
「人間は考える葦である」
という言葉がありますが
人間の強みは考えることであり
考え続けることで問題を克服し
次のアイディアが生まれることも
期待できるのではないでしょうか。
ぼたんさんが見出されたAIの使い方は、
開発者も想定していなかったかもしれない
新たな可能性なのではないかと思いました。
文明の利器は、そういうもので
あって欲しいと思ったのと同時に
使う人が、それぞれに
有用な使い道を見つけて
使いこなした時にはじめて
そのツールの持つ可能性を含めて
良し悪しを問うことができるのでは
ないかと思いました。
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